清須市観光協会
清洲城と源平枝垂れ桃(4月中旬〜下旬)


清洲城
夏の清洲城 秋の清洲城 冬の清洲城
 引治元年(1555)織田信長公が那古野城から入城、永禄3年(1560)桶狭間の戦いに勝利し、ここ清須から天下統一への第一歩を踏み出した城です。

 現在の清洲城天主閣は平成元年(1989)に再建され、清須の歴史を紹介する展示・映像などご覧いただけます。
 清洲城周辺では五条川堤防や清洲公園の桜をはじめ四季折々の散策や、史跡めぐりなどのルートとして清須は名古屋城・小牧城・犬山城・岐阜城や桶狭間古戦場なども近隣に位置し、多くの方が訪れる観光スポットです。
天主閣
■1階 : プロローグゾーン
   〜朝日遺跡の古代から尾張国の守護所の時代を経て「清須越」から現在に至る清須の歴史を紹介〜
   清須の歴史コーナー(古代黎明期から中世、近代から現代)
   ※10月には1階展示室で「清洲城特別展示」が開催されますので、展示内容が変更されます。
朝日遺跡の出土品展示
朝日遺跡の出土品展示
甲冑などの展示
甲冑などの展示
刀・槍・火縄銃の展示
刀・槍・火縄銃の展示

■2階 : 戦国の都・清須ゾーン

   〜関東の巨鎮・清須の全貌を体感する〜
   清須城下バーチャルウォーク、戦国武士の暮らし、信長公の清須城下、
   ジオラマシアター「清須城物語」、信長公の城下政策、信長公はじめて物語・・・

ジオラマシアター「清須城物語」
ジオラマシアター「清須城物語」
清須城下バーチャルウォーク
清須城下バーチャルウォーク
石落とし
石落とし

■3階 : 覇者たちのルーツ・清須ゾーン
   〜清須が育んだ先人たちの偉業にふれる〜
   戦国の華「清須の佳人たち」、映像シアター「歴史の扉〜清須会議〜」、吉例・清須出世物語、
   高札場 戦国中日スポーツ新聞、信長公顕彰コーナー、体感シアター「桶狭間の戦い」、
   火縄銃体験シアター「戦術革命 長篠・設楽原の戦い」、大河ドラマ戦国史・・・
   「清須会議」の歴史を紹介する紙芝居コーナー(土日祝日に上演)
火縄銃
火縄銃
火縄銃体験と映像
火縄銃体験と映像
大河ドラマ戦国史
大河ドラマ戦国史
   
甲冑
甲冑
戦国中日スポーツ新聞
戦国中日スポーツ新聞
清須会議紙芝居(土日祝)
清須会議紙芝居(土日祝)
   
■4階 : 天下一吉例ゾー
   〜清須の天主で浩然の気を養う〜
   天下一吉例コーナー、清洲城再建のあゆみ、清須からくり望遠鏡・・・

清洲城再建のあゆみ
清洲城再建のあゆみ
清須からくり望遠鏡
清須からくり望遠鏡
天主閣4階からの五条川桜並木(4月上旬〜中旬)
天主閣4階からの
五条川桜並木(4月上旬〜中旬)
天主閣4階から名古屋城方面
天主閣4階から望む
名古屋城(画像中央)

芸能文化館
芸能文化館


芸能文化館
■芸能文化館ホール
   映像コーナー:清須市まち物語、アニメ 忍たま乱太郎「清須の元気の段」
   清洲城記念メダル販売機、記念メダル刻印機
芸能文化館ホール
 「清洲城芸能文化館」では清須freeWi-Fiがご利用いただけます。
 清須市の観光スポットやショップガイドなど紹介しています。
 利用時間は1回最大30分間(1日2回まで)
(スマートフォン等は機種によりご利用出来ない場合があります。)


■芸能の間

   地元の伝統芸能の伝承・育成や研修などに利用。
   3月下旬・4月上旬・10月の日曜日にはお茶会(有料)が開かれます。

■黒木書院
   戦国体験・市民交流ゾーン
   戦国体験・手造り甲冑試着体験コーナー
     試着時間(10:00〜12:00、14:00〜16:00、
     夏休み・冬休み・春休み期間は、10:00〜12:00、13:00〜16:10)
    (イベント開催や会場の都合により試着出来ない場合や、場所が変更になる場合があります。
      手造り甲冑及び着物の試着体験は、清洲城天主閣入場券が必要です。)
芸能文化館ホール 芸能の間 黒木書院
芸能文化館ホール 芸能の間  黒木書院

 ※芸能文化館(「芸能の間」、または、「黒木書院」)を、お茶会や展示などご利用希望の場合、清須市産業課または清洲城管理事務所にお申し込みください。
  事前の使用許可申請と、ご利用料が必要となります。

■清洲城日本庭園
   巨石を配した枯山水や四季を通じた花・木が季節を感じさせてくれる日本庭園です。
日本庭園(5月)
日本庭園(5月)
日本庭園(枯山水)
日本庭園(枯山水)
日本庭園(11月下旬〜12月上旬)
日本庭園
(11月下旬〜12月上旬)


天主閣入場料金・開館案内
 
 区分(1人1回につき)   個人  団体  備考
 大人  300円  250円 小人とは、中学校生徒及び小学校児童をいいます。
団体とは、30名以上をいいます。


幼児は無料です。
 小人  150円  100円
※入場料は、身体障害者手帳、精神障害者保健福祉手帳、戦傷病者手帳、被爆者健康手帳又は療育手帳の交付を受けられている方は無料、その付き添いの方は1名まで半額となります。

■開館時間

9:00 〜 16:30 (受付は16:15で終了いたします)。

 ★正月三が日の開館時間(受付時間)
     1月1日       6:30 〜 15:00
     1月2日、3日   9:00 〜 15:00

※清洲城天主閣は、1階〜4階まで階段のご利用になります(エレベーターはありません)。
■休館日
月曜日(月曜日が祝日・振替休日の場合は翌日。)
年末(12月29日・30日・31日)は休館いたします。

※台風等により、清須市に暴風警報が発令された場合は臨時休館します。

   清洲城周辺
 弥生時代、清須には東海地方における最大の集落がありました、清須市朝日を中心とする「朝日遺跡」は「貝殻山貝塚」を含む国の史跡にも指定されている広大な遺跡です。

 中世には織田信長公、豊臣秀吉公をはじめとする戦乱の時代を駆けぬけた武将たちの活躍の舞台となり、最盛期の頃の清須城下は三重の堀に囲まれ、町の規模は過去最大となりました。

 慶長15年(1610)の清須から名古屋への、武家をはじめ城下町ごと移された「清須越」により清須は荒れ野となりましたが、元からの交通の要衝であったためか江戸時代には美濃路が整備されて宿場が置かれ、商家や旅籠が軒を連ねる街並みとなり再び賑わいを見せていました。
桜と清洲城大手橋
桜と清洲城大手橋

本丸石垣(復元)
本丸石垣(復元)

清洲公園の信長公銅像と濃姫像
清洲公園の信長公銅像と濃姫像

清洲宿本陣跡正門
清洲宿本陣跡正門

清洲古城跡公園・信長公を祀る小社
清洲古城跡公園
信長公を祀る小社
清洲ふるさとのやかた
清洲ふるさとのやかた
清洲甲冑工房
清洲甲冑工房
愛知県清洲貝殻山貝塚資料館
愛知県清洲貝殻山貝塚資料館

■清洲城周辺や清洲公園の桜の時期は3月下旬〜4月中旬、五条川両岸には桜並木が続き、
  「清洲城桜まつり」や春日地区では「五条川さくらまつり」が開催されます。
   5月には清洲公園・清洲古城跡公園はツツジ、清洲城庭園内ではサツキが見頃となります。
  また、10月には「清洲城信長まつり」が開催されます。

■本丸石垣(復元)
   この本丸石垣は「清洲ふるさとのやかた」の北側すぐの所に移築復元されたもので、
  平成8年の河川事業に伴う遺跡調査により清洲公園前の五条川右岸で発見され、
  清須から名古屋への遷府いわゆる「清須越」が行われた直前の南側本丸石垣と思われます。
  石垣の基礎には軟弱な地盤に耐える松材を用いた「梯子胴木」と呼ばれる構造で、
  石垣は野面積みで積み上げられています。

■清洲公園
   公園には「桶狭間の戦い」に出陣する姿を模した信長公銅像、その脇には濃姫像があります。
  散策や、春には多くの方が訪れる桜のお花見スポットとして知られています。

■清洲宿本陣跡正門
   「清洲宿」は東海道「宮宿」から中山道「垂井」をつなぐ脇往還美濃路の宿場であり、
  本陣・脇本陣・旅籠屋が置かれていましたが明治24年(1891)の濃尾地震で焼失し、
  唯一残った本陣正門のみがやや縮小され現存しています。

■清洲古城跡公園
   本丸跡で、幕末に建てられた2基の石碑や信長公を祀る小社があり、
  信長公の命日6月2日には郷土の偉人を偲び「信長公顕彰祭」が行われます。

清洲ふるさとのやかた
   無料休憩所と、地元特産品を使った食品や清洲城ゆかりの商品など販売しているお土産所です。
  館内には甲冑・能面などの展示や、清須の映像コーナーもあります。

清洲甲冑工房
   「清洲ふるさとのやかた」地下1階、火・木・土曜日の13:00〜16:00に開かれ、
  尾張地方の桶側胴当世甲冑をモデルにしたアルミ製甲冑を製作、見学は無料です。


愛知県清洲貝殻山貝塚資料館(このサイトを離れます)
   「朝日遺跡」の弥生時代出土品(土器・石器・骨角器・木製品・金属器など)展示の資料館や、
  屋外施設では「岩倉市大地遺跡」で検出された竪穴住居をもとにした復元家屋があります。

清須市ガイドボランティア

   清洲城周辺のガイドを地元ボランティアにより行います。
  (清洲ふるさとのやかた内に受付がありますのでお気軽にお越しください、事前予約も可能です。)


アクセス
■交通アクセス
名鉄電車
JR東海
城北線
名古屋第二環状自動車道
名古屋高速
きよすあしがるバス
名古屋本線新清洲駅より徒歩15分
東海道本線清洲駅より徒歩15分
尾張星の宮駅より徒歩20分
清洲東インターより車5分
清須出口より車5分
 
オレンジルート・清洲城、詳しくはこちら(このサイトを離れます)
■清洲公園駐車場
利用時間:9:00〜17:00
駐車台数:普通車113台、大型バス9台
利用料金:無料

■清洲城周辺地図(Google マップ)はこちら。


清洲城庭園と対岸の清洲城古城跡公園
清洲城庭園と
 対岸の清洲城古城跡公園
 尾張の首府が甦る 歴史織りなす 清須のお城

 室町時代応永12年(1405)、尾張国の守護職であった斯波義重が、守護所であった下津城(稲沢市)の別郭として建てられたのが清須城の始まりといわれています。

 文明8年(1476)戦乱により下津城が焼失した後の、文明10年(1478)守護所が清須に移転することで、清須が尾張国の中心地となります。京や鎌倉に連絡する往還と伊勢街道が合流する交通の要衝でもあり、尾張の政治・経済・司法の中心地として繁栄を迎えます。

 弘治元年(1555)に織田信長公が
那古野城(なごやじょう)から入城、尾張を統一掌握したころの清須城の基本構造は、守護の館と同じだったと考えられています。永禄3年(1560)の桶狭間の戦いに勝利した信長公は、ここ清須から天下統一への第一歩を踏み出しました。
 天下統一へ突き進む途上、本能寺の変で
(たお)れた信長公の跡目を決める清須会議の後、城主となった次男、信雄によって改修された清須城の城郭は、天守を備え東西1.6q、南北2.8qにも及ぶ巨大な郭域の中に城下町のあらゆる機能を備えた城塞都市として過去最大の規模に達します。

 その後城主は、織田家から豊臣秀次(関白)、福島正則(秀吉子飼の大名)と移り、天下分け目の関ヶ原の戦いでは、東軍の最前線の城として重要な軍事拠点となります。
 関ヶ原以後、城の主は松平忠吉(家康四男)、徳川義直(家康九男)と変遷しますが、この頃の清須城下は、人口6万人を数える賑わいを見せ、朝鮮通信使の記録にも「関東の巨鎮」と称され、また、清須城は「天下の名城」と讃えられました。

 慶長15年(1610)徳川家康は、清須城廃城と名古屋城築城を命じ、町の建物、町の機能全てが移転する「清須越」が行われました。これにより尾張の政治・経済・司法の中心は清須から名古屋へ移り、清須城とともにその城下町は歴史から姿を消し去りました。なお、名古屋城築城に際し取壊した清須城の資材が再利用され、特に名古屋城
御深井丸(おふけまる)の西北隅櫓は、「清須(洲)櫓」とも呼ばれ清須城天守の古材でつくられたといわれます。

 平成元年(1989)、四百年近くの年月を経て歴史ある城が「清洲城」として天主閣をはじめ、芸能文化館、清洲城広場などをしたがえ地域のシンボル、平成のお城として甦りました。



※「きよす」と「てんしゅかく」の表記について
 
 「きよす」の表記は、文献その他歴史的にも「清須」「清洲」の両方の記載が見られます。
古くは「清須」の表記が多く、後に「清洲」の表記が多くなっています。
 平成22年の展示リニューアルに際しては、慶長15年(1610)の『清須越』を境目に清須越以前を「清須」、「清須城」、「天守閣」と表記し、それ以降の宿名、町名を「清洲」と表記しています。
 また、現在の施設固有の名称としては「清洲城」、「天主閣」として表記しております。


※掲載の展示内容やスケジュールなど、予告なく変更される場合がありますのであらかじめご了承ください。
 
 お問い合わせ先

お問い合せ先 清須市役所本庁舎
 産業課

〒452−8569
愛知県清須市須ケ口1238番地

電話:052−400−2911
FAX:052−400−2963

清洲城
 管理事務所
〒452−0932
愛知県清須市朝日城屋敷1−1

電話:052−409−7330
FAX:052−409−6697


 copyright (c) 2010 Kiyosushi Kanko Kyokai, All Rights Reserved.